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紅茶の話
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紅茶のおいしい入れ方、世界の紅茶ブランド等様々な紅茶の話をご紹介します。
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紅茶の基本
紅茶の歴史
中国茶からシルクロードを経てヨーロッパに伝わったお茶
お茶文化発祥の地、お茶の原産地と言えば、中国の雲南省。
紅茶の歴史もここから始まります。
中国では、紀元前から緑茶は「霊茶」として飲用されていましたが、10世紀になると、それはシルクロードから中近東へ広がっていきます。
そしてお茶がヨーロッパに伝えられたのは、16世紀になってからです。
但し、このときのお茶は紅茶ではなく、不発酵の緑茶でした。
ヨーロッパの中でもいち早くお茶を輸入したのは、当時世界一の貿易国だったオランダです。
1610年オランダは連合東インド会社を設立し、中国茶(武夷茶・ぶいちゃ/ボヘアティー)を輸入、ヨーロッパ諸国へ輸出し始めます。

イギリスの貴族社会に喫茶の習慣が広まる
イギリスが、オランダ経由でお茶を輸入することになったのは、1657年頃。
その当時、お茶は薬効があるということで高価な飲み物でしたが、1662年、チャールズ2世と結婚したポルトガル王女キャサリンの登場によって、イギリスに喫茶習慣が定着していくようになります。
ポルトガルの宮廷で喫茶習慣を身に付けたキャサリンは、イギリスの嫁入り道具に、喫茶道具、中国茶、砂糖を持参。
お茶に砂糖を入れて飲むというぜいたくな飲み方はイギリス貴族社会に広がりました。
やがてイギリスは、1689年、中国の福建省のアモイから、お茶の直輸入を始めます。
当時ヨーロッパで流通していたのは、不発酵の緑茶と、半発酵茶の武夷茶の2種類でしたが、アモイのお茶は紅茶の原型といわれる武夷茶。
これは茶葉の色が黒かった事から、ブラックティーと呼ばれて人気を集めました。そして、やがてブラックティーがヨーロッパの主流になっていったのです。

世界に広がる紅茶栽培
1823年、イギリスのブルース大佐は、インドのアッサム地方で自生しえている茶樹を発見します。
これは、中国茶の茶樹と異なるものでした。イギリスは、当時植民地であったインドやセイロンに茶園を開拓し、紅茶は大量生産・消費時代へと移っていきます。
こうして、中国のキーマン、インドのダージリン、セイロン(現スリランカ)のウバの世界3大銘茶が誕生しました。
そして、世界中からイギリスに集められた原料茶(鑑定され、品質の価格が定められたもの)は、ブレンドされて、一定の品質と価格で提供されるようになっていきます。

日本の紅茶の歴史は明治時代から
中国から6世紀頃にお茶(緑茶)が伝わったといわれる日本ですが、紅茶を海外から輸入し始めたのは明治時代に入ってからです。
ただし、当時はひと握りの上流階級の人達が飲むだけでした。
一般に広く販売されるようになったのは1906(明治39)年、イギリスから輸入されたリプトン紅茶でした。
昭和に入り、国産初の紅茶ブランド、三井紅茶(現・日東紅茶)が登場してからは、ごく一般の家庭でも紅茶を楽しむようになってきました。
現在では、紅茶は完全自由化され、世界の紅茶が気軽に楽しめます。